おやゆび姫たちが住む花の国
- わたなべもも
- 4月24日
- 読了時間: 4分
AM5:00。
誰もいない花畑にいれてもらった。
高原のキンと冷えた空気。
花たちはまだ眠っているから、暗いなかを起こさないようにそっと歩く。
東の方へカメラを向けて、日の出を待とう。
自分の呼吸の音だけがきこえる。
いや…花たちの小さな息遣いもきこえる気がする。
今ここは、わたしと花だけの世界だ。
ふいに鳥が鳴く。「今日をはじめるよ!」
合図を受け取ったように鳥たちはざわざわ動きだし、深い青だった空にオレンジ色がまじる。
夜明けだ。
空の色はうつくしいグラデーションで一秒ごとにかわってゆき、まっくらだった大地にはどこまでも続くチューリップ畑があらわれた。

ここは、世羅高原農場。今年開園45周年を迎える。標高500mの広大な敷地を75万本のチューリップが埋め尽くすという、日本最大級の花の丘だ。なかでも色とりどりのチューリップだけで作られた花絵は、毎年図柄が変わる。いったい何万本の花で作られているのだろう。「訪れる人をあっと驚かせたい」と、球根ひとつひとつを手作業で図案通りに植えつける。気の遠くなるような時間と労力が注ぎこまれている。

おやゆび姫がツバメに乗って最後に辿りつく花の国…。もし本当に花の国があるのなら、こういうところなのではないかと思う。こんなにたくさんのチューリップがあるのだもの。ひとつやふたつ、花の妖精が隠れていたとしても驚くことではない。「おやゆび姫はどこかな…。」気配を感じながらファインダーを覗いていると、「みつけた!」あの花のなかに、きっとおやゆび姫がいる、そう思わずにいられないかわいい一輪に出逢った。

チューリップといっても、赤白黄色の原色だけではない。ここで見ることのできる品種は300を超え、形も色も実にさまざま。これだけ広大な花畑なのに、いつ来ても手入れが行き届いている。チューリップの球根は10月からコツコツと丁寧に植えられ、冬は雪の布団をかぶって眠り、春にようやく開花する。その花色のうつくしさは格別で、朝晩と日中の気温差が作り出すという。高原の花ならではの特別な瑞々しさなのだ。



花を撮るときに困るのが、周囲の人工物。例えば、公園などではどうしても自販機や柵が写り込みがちだ。でもこの花畑には、いっしょに映し込みたくなるようなベンチやパラソル、かわいい屋根の建物や風車など、フォトスポットになりそうなところがたくさん用意されている。また花を守るロープなどもあえて張られていない。だから皆が花のなかで自由に写真を撮っている。それは、花を踏みつけてよいということではない。花を大切にしてくれると信じているからこそ、ロープを張らないのだ。

PM17:00。
そろそろ日も暮れるころ、ひかりはやわらかなオレンジ色を帯びてくる。
おやゆび姫たちが住む花の国も、静かに夜を迎える支度。
おやゆび姫に気が付いたひとも、気が付かなかったひとも、きっとまたここを訪れることができますように。この場所がこれからも、すばらしい花の国でありますように。

わたなべもも(花写真・作詞・おはなし)
幼稚園在職中に作詞家デビューし、翌年退職。子どもの歌やおはなしを書き始める。その後、写真家 丸林正則 氏に出会い、花写真を学ぶ。花かごの代わりにカメラをもって、花を摘む代わりにカメラの中を花でいっぱいにする。「レンズの奥の不思議の国」をテーマとし、独自の感性を活かしたワークショップや、おはなしをテーマに作品作りをする「Story*Photo」を展開中。SONYαアカデミー講師、PHOTO*MOMOTTO主宰。花フォトももぐみキャプテン。CDと写真詩集「gradation」を発売中。
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